【特別(special)】
今この世界で既に構築されてしまっている概念のなかで、
特定の日・特定の場所・特定の人・特定のもの・特定の能力・などのうち、
認知度や重要度が高いものを「特別だ」と多くの人は、優勢の意味を込めて使う。
特別な日。特別な場所。特別な人。特別なもの。特別な力。
特別なものはスゴくて、特別でないものはスゴくない。
特別な事は優れていて、特別でない事は劣っている。
特別な能力が高いと良くて、特別な能力が低いとダメ。
特別は大切で、特別でなければ大切でない。
あの人は特別で貴重で素晴らしい人、私は平凡で何ものでもない。
それは本当だろうか?
そもそも特別と思っているそれは、「現代社会であたりまえ化された概念に染められてしまっただけ」じゃないか?
世で特別とされてる日・特別とされてる人・特別とされてる能力などを、昔から僕は敬遠しやすい。
「そんなの特別だって誰が決めたんだ」と、ウソくさくて関心がいかない。
その特別な日の、一日前の何もないとされる日にフォーカスしたい。
その特別な人の、隣にいる誰にも知られてない人にフォーカスしたい。
その特別な能力とは違った、特別とされてない能力にフォーカスしたい。
買った商品からすぐ取って捨てられてしまうタグピン。
はり付いて捨てられてしまうゴマつぶ。
ソースと絡んで皿に置き去りにされてしまうシラスたち。
朽ちて倒れかけたままになった柱。
壁や台の表面についた傷跡。
いつもそのような存在たちにばかり、ついつい眼差しをむけてしまう。
特別ともされず、誰からも注目もされていないのが可哀想なのだ。
とても愛おしく感じる。
それぞれの一生、物語を思うと、みんなが特別。
「特別さ」に順列・優劣をつけずに生きていたいよう。
@jidai_terase





