「イ」の独自の解釈

【「イ」の独自の解釈】

5月1日に記した、昔から僕の持っている「イ」のイメージについて、の続き。

過去に、やまと言葉を研究してる専門家のような方の本を読んだとき「なんだか感覚と違うなぁ」と、感じるものばかりだった。

また別の著者なら違ったのかもしれないけれど。

なので、奇跡的にそのような専門のかたにもしも読まれてしまったら怒られそうだが、自由勝手な叙事記なので現段階で感じるままを記しておく。

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画像の①が「イ」の単体イメージ。
意味としては漢字の「意」や「射」が近く、無重力空間で「射(い)」したとき、永久無限に直進する“単要素情報”の一筋のライン。
ミクロではコイル状の螺旋運動かもしれないが、俯瞰すれば直線のイメージ。
音(こえ)・振動・ゆらぎ・振動・波、そのようなものの、無限ほどあるうちのたった一つの情報。

画像の②は、時空間に無限に交差して重なり合う「イ」のイメージ図。

画像の③の点点が「チ」のイメージ。
「チ」は意味としては、“たくさんの点点の集まり”で、「チ・チ・チ・チ・チ・チ…」と発生していく。
単要素の「イ」が、無数に交わり合って、一つまた一つと生まれた交点。

画像の④は、おまけで、「イシキ」のイメージ図。
「シ」は固定・静止する状態。静かにするとき人差し指を立て「シッ!」とするような。
「イ」が一点に焦点(注目)を固定するのが「イシ」で、それらが集まって「キ(氣)」が場に丸く在るのが「イシキ」という感覚。
「イシ」から「イシキ」へ、「イシキ」から「イシ」へ、双方向に運動する。

無数の「イ」が交わる集中点が、イマこの時間空間の「イのチ」。
「それぞれの存在がどのような時空のイチに在ることになるか」は、「どんな種類の《イ》情報の集合体か」によって決まる。

③の図は、ラインも交点も少なめで隙間があり、それぞれが分かりやすいよう描いている。
ところが、時空間には無限の「イ」があり、無限に「チ」ができるので、それぞれの点点の存在(イノチ)も無限。
なので時空間はイノチで埋め尽くされ、実はそれぞれのイチは全てくっ着き繋がり合っており一体化している。つまり一つ「一」であったとなる。

これが現段階での、僕の“全ては一つ”、『一なる法則』のイメージ図。

また今後変化があったら追記していく。

 

@jidai_terase