【偽りの親切・優しさのウソ】
電車で座っていると、90歳前後の女性が入ってきた。
「こちらどうぞ」と伝え、立ち上がる。
その女性は無言のまま、「チッ!」と大きな舌打ちだけして、立腹の表情を浮かべつつ、譲った席にドスンッと座った。
もし“喜んでもらいたい”と行った行為に対し、こんなリアクションを受けた場合。
「彼女は不快だったようだが、立ったままでは疲れるはずだし、ワタシの思い描いた“席に座ってもらう”という目的は達成した。これで良いんだ。」と、嬉しく感じるだろうか?
親切って、やさしさって?
相手に親切を快く感じ喜んでもらうことで、ワタシが幸せな気分になりたいだけなんだろうか…?
相手がそのとき喜ばなくても、将来「あのとき、そうしておいて良かった」と、相手に思ってもらいたいんだろうか?
役に立ちたいのだろうか?
求めてるものを提供できたとして、その概念は本当に正しいもので、本当に役に立ったことになるんだろうか?
それぞれの観念、目的、人生によって変わるのでは、、、
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苦しそうな人を見かけ、声をかけたとき、その人が実は「落ち着くまで、今は声を掛けられたくない」という思いがあった場合、それは優しさと言えるのか。
覚醒剤を求める彼女に「喜ばせたい、笑顔が見たい」と彼が覚醒剤を用意して与えたら、それは優しさと言えるのか。
わが子が自ら決めた人生の選択に、親が83億分の1の独自の観念で「それは良くない道だからやめなさい」と、その選択を強制中断させたとき、それは優しさと言えるのか。
それは本当に優しいことで、本当に役に立ったことになるのか。
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親切をしたかったり何かをしてあげたいのは、みな本当は、“同じ志の意識”が、己の外にもあることを感じて確認し、繋がってることを思い出したいからかしら。
それぞれの魂の愛(意識・眼差し)を浴びせたくて受け取りたくて、互いに投げかけ合って交流させ、愛のエネルギーを空間に広げ増幅させたいからかしら。
人も、人にも。
動物も、動物にも。
虫も、虫にも。
植物も、植物にも。
鉱物も、鉱物にも。
人工物も、人工物にも。
空も、空にも。
水も、水にも。
地球も、地球にも。
星も、星にも。
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長いあいだ、探し続けてる。
@jidai_terase





